ついに名前はまだない

名前が決まらないまま8年が経とうと……あれ10年目入ってない?

これが彼等の。。。我々の選択か。。。

今日は出先から携帯で更新。いつものようにパソコンではなく、携帯オンリーで更新。打つのは面倒だけど、あの重いパソコンを持ってくるよりはマシかな。私の携帯はキーボードがついてるし、普通のよりは長文が打ちやすいと思う。

今日は原発関連で多くのニュースがあった。国民は脱原発を選択しようとしている。当然といえば当然だろう。あれだけの事故を目の当たりにすれば。
私はどちらかと言えば推進派という方になるのかもしれない。だけど、依存度を上げるべきだとは言わない。けれども、徐々になくすべきだとは思う。

今は節電ブームのようなものでこの夏は電力不足になることなく乗り越えられたのではないだろうか。でも、いつまでも続かないのではないかとも思う。節電疲れとでもいうのだろうか。いずれ破綻するのではないか。私はその時があるのではないかと恐怖を感じる。
節電節電で乗り切ったことから、今まですごい無駄遣いをしていたというのは認識するべきだとは思う。かつてと同じ水準には戻らないだろうが、多少は余裕のある供給がないと怖い。

よく反対派、というか慎重派というほうがいいのだろうか、彼等がよくいうのは安全性と未来にゴミを残していいのかという話だと思う。
安全性については私も賛成する。稼動したほうがいいという立場だが、安全性の確保は必要だろう。それもかつての日本の安全ではなく、欧米的な安全が必要ではないか。
かつての日本は安全神話というまさに誇張した作り話で、地元住民に安全であると錯覚させてきた。こういう理由で絶対安全です。だから建設します。
けれども、欧米では違う。確か、こういう危険があるからこういう対策をします。というものだったと思う。まず危険性の説明をするとか。
もっとも、日本でそんなことしたら誰もが嫌がるからダメなんだろうけどさ。これは企業側だけの問題じゃなくて、住民・国民の問題でもある。

今回の悲惨な事故は企業の責任が大きく言われるが、国民にも責任はないだろうか。企業の言う安全に慢心していたのは我々の方じゃなかったか。


核のごみ問題を未来の子供達に任せるのは。。。云々という話だけど、私からするとこれはどうなんだろうと思う。未来にそれらの処理方法が全く生まれないとは言えないと思う。もちろんその可能性はあるだろうが、必要は発明の母だとか父だとか言うからね。私はもっと未来を信じていいと思う。
昨日も科学技術の進歩の違和感を述べたけど、未来にはどんな技術があるか分からないのだ。明日突然、放射線を押さえ込む方法だとか生まれるかもしれない。今、必要とされているからね。


ここまでの長文を携帯で書くと前の文章を見直せないのでこの辺でまとめようと思う。

原発はいずれ全て解体するのが望ましい。。。いや、しなければならない。だが、それは今ではないのではないか。今の核燃料サイクルなどを考えれば、今唐突に辞めるのは難しいのではないか。

これ以上は私が語っても仕方がないか。


写真は暇潰しにゲームやってたら構ってほしい感じに近づいてきたアイネス。照れ顔なら最高だったのだけどね。まぁいいさ、かわいいからね。
今はこれはメモでしょって言ってる。そもそも、今回の更新は私のこの時の考えを書いただけだよ。誰かを対象として書いているわけではない。そう見えるのだとしたら、対象は私自身だろう。

と言うか、携帯でこの長文はきつい。重くなってきた。ということで、今日はこれで終わり。早く涼しくならないかなぁ。。。